2025年11月取材

第3回
イノチオ精興園株式会社 営業部所属
林 彩子さん
広島県広島市出身。
大学を卒業後、結婚し数年間専業主婦生活を送ったのち、キクの品種開発・種苗生産・販売を行うイノチオ精興園株式会社に入社。長年、一般のお客様を対象とした通信販売部門の業務に携わる。
現在は、生産者、花屋、フローリストなど、現場の声を拾い上げ、品種開発等に活かすマーケティングや、SNSでの情報発信、イベントへの花の提供など、プロモーションに尽力している。
そうなんです。学生の頃、バイオテクノロジーが流行りはじめて、遺伝子工学に興味を持ったものですから、大学は工学部に進学し、生物工学、つまり遺伝子の研究をしていました。「細胞」という単位では、お花にもちょっとだけ興味はありましたが、植物を育てるとか、お花を観賞するといったことには、全く興味がありませんでした。
イノチオ精興園に入社したのも、自分の意思ではなく、先に勤務していた夫からの紹介だったんです。本当に、それまで土に触ったこともなく、自宅には花瓶すらない状態でした。そんな私が、26年間もこの仕事に携わっているなんて、自分でも驚いています。
林さんは生産の現場にたびたび足を運び、お花の生育の状況を確認する
2014年から3年間、愛知に赴任したんですが、そこで観葉植物の生産者の方と直に接する機会がありました。畑を訪問したり、ハウスに伺ったりして、栽培の話をお聞きするなかで、どんなに熱い想いで植物を育てていらっしゃるかということを思い知りました。植物の種類や時期によって、日の当たり方を加減するための苦労だとか、水を絶やさないための工夫だとか、熱心に話してくださるお姿を見て、心が揺れ動いたのを覚えています。 それ以来、生産者のみなさんの想いやご苦労に目が向くようになりました。
植物って、土が変われば出来も全然違ってくるんです。栽培途中の水やり一つ、天候一つ、たとえばお日様がどれだけ当たっているかというちょっとした具合で出来が変わるので、いかに毎回同じように良いものを作っていくかというのがプロの仕事だなと、感じるようになりました。生産者の方は、ご自分が気に入った花の種や苗を、ご自分で購入してお育てになるわけですから、そのお花を生産物として立派に作り上げたい、、誰にも負けない花にしたいという想いが、とても強いんです。
広島県府中市にある圃場(ほじょう)。イノチオ精興園では、約300種のマムを生産している
キクといえば、ご葬儀とか仏花のイメージが強いと思うんですが、以前はご葬儀が大人数で行われていたので、キクの需要も高かったんです。ところが、ご葬儀のスタイルが変化して、キクの出荷量が下がり気味になりました。そんな中、業務需要に頼るのではなく、ご家庭で気軽に飾っていただけるようなお花を開発していこうと、社をあげて洋風の「マム」の開発に取り組みました。
マムの良さは、どんな方でも、どのようにでも飾っていただけるというところです。そもそもマムもキクなので、花持ちが良く、管理がとても楽です。たとえば、バラだと湯揚げをしたり焼いたり、花木だと叩いたりという作業があるんですが、マムの場合、水揚げの際もハサミも使わず手でポキッと折れば、すぐに水が上がっていくんです。簡単な管理で冬場だと軽く2週間くらいは持ちます。色も優しい色から鮮やかな色まで多様ですし、花の形も丸いものとか、ちょっとツンツンしたものなどもあって、いろんなお花と合わせやすいんです。
弊社のマムで「ピコ」というシリーズがあるんですが、マムについてあるフローリストの方からこんなことを言われたことがありました。 「一つのお花でブーケを作れるということはなかなかないけれど、ピコマムは咲き方や形の種類がとても多いので、 ピコマムだけでブーケが出来る」と。私は「マムは一つでは主役にはならない、他の花を合わせるもの」と思っていたので、目から鱗が落ちる思いでした。
自分たちが作り出したものが、実際にお花を扱う方々にとって使いやすいのかどうか、ご意見を伺うことはとても大事だと思っています。より多くの皆様のお声を聞きたいと、2018年頃、SNSマーケティングを始め、InstagramやFacebookを通じて、全国のお花屋さんやお花の先生方と、つながるようになりました。当初、目を惹いたのが、山口みどり先生(花TSUNAGI実行委員会プロデューサー)がアップしていらっしゃったマムを使ったいけばな池坊作品でした。その画像を見て「この先生すごい!」と思ったんです。弊社で「セイフェスト」というマムを開発したばかりの頃で、唐突ではあったのですが、みどり先生に「この花を使ってもらえませんか」と、ダイレクトメッセージを送ったところ、大変気に入ってくださり、セイフェストを使ったアレンジメントをSNSでご紹介してくださり、イベントにも使ってくださいました。こちらが自信を持ってお勧めしたマムを素晴らしいアレンジにしていただいて、SNSに掲載していただいた時は、本当に嬉しかったです。お花だけでは、良さが伝わりづらいところを、どんな花器を使って、どういうシチュエーションで存在させるかという、お花の魅力の引き出し方を、広くご紹介していただけるわけですから。
「セイフェスト」という名は、ドイツ語の「フェスト(祭り)」に由来。「花びらが紅白だから、おめでたい名前にしたんです」と林さん
ちなみに、ご連絡したのはコロナ前だったのですが、次第にセイフェストを気に入ってくださるお花屋さんも増え、2020年-2021年の「フラワーオブザイヤー」(ジャパンフラワーセレクション主催)を受賞したんです。生産者向けの農業新聞にも掲載されてセイフェストに一気に火がつきました。
いえいえ、そんなことはありません。ただ、もっと多くのお客様に気軽にお花に触れていただきたいという想いだけで動いている気がします。
イベントに協賛してお花を提供するというのもその一つです。イベントでは、お花の先生や参加者の皆様から、直接お声を聞くことができます。でも、現場で畑仕事をしている弊社のスタッフや生産者の方々には、その声は伝わりにくい。そこで、私は報告書に「このお花は、かなり高評価でした」とか、「このお花はこんなところが、使いやすいと」といった具体的なご意見を書いたり、直接伝えたりしています。
生産者の方は、ご自分たちが作ったお花が、お店で売られている状態までは想像できても、実際にどんな風に使われているのか、あまりご存じないんです。そこで始めたのが、カレンダーの制作です。弊社のマムやバラを使って、12か月分のアレンジメントを掲載しています。完成したカレンダーは、毎年生産者の方々にもお渡ししています。
実は、カレンダーの制作過程でもとても学びが多いんです。実際にアレンジするのはフローリストの方々ですし、写真もプロのカメラマンさんに撮っていただいているので、私は下準備や裏方に専念していますが、お花の準備や撮影の場面で、アレンジしやすいお花とか、写真映えする合わせ方など、いろんなことに気付かされます。そうして、そのことをまた生産の現場の方々に伝えていく…というのが、私の役割です。
林さんは、カレンダーの制作も手がける。「完成までには、いろんな背景があります」と、しみじみ
イノチオ精興園のマム3種を使ったアレンジメント(花TSUNAGI実行委員会プロデューサー、山口みどり作)
そうですね…。様々な想いをのせたお花は、みんなで生み出した子どものような存在でもあり、もう一人の自分のようでもあり、パートナーのような、戦友のような… たくさんの方々の声を吸い上げて、開発者や生産者につなげたとしても、お花っていろんな顔に生まれてくるわけじゃないですか。「こういうお花を作りたかったんだけど、今回うまくいかなかった。でも、これも苦労した結果だよね。また一緒にこれで頑張っていこうね」という気持ちになることもあります。逆に自分たちが「あれ!?」と思ったものでも、とても気に入ってくださる方もいます。花の好みは人それぞれですし、「これが良い」と、決めつけるのは良くないんだなと実感しています。人間と同じでお花にも個性があるので、生み出されたお花の可能性を、実際にいろんな方に触れていただいて、みなさんから教えていただきたいですね。
お家や職場で、グラスに1本でも良いので、お花を飾っていただける、そんな習慣が定着するような活動をしていきたいなと思っています。昭和の時代は、仏壇や玄関にお花を飾るために日常的にお花を買うということがありましたが、最近では家の造りも変わって、断捨離とかミニマミストなど、不要なものはなくしていくという傾向があります。でも、お花を育てるとか、飾るというのは、暮らしの中の彩りになると思うんです。
自分が育てたお花が綺麗な花を咲かせると「手をかけた甲斐があったな」と、充実感に包まれますよね。たった1度しか咲かないとしても、その開花のために愛情をかけて手を加えるいうのが、お花を育てる醍醐味だと思います。そして、なんといっても癒されますよね。私にとっては、「お花」は仕事そのものなので、実は「見たくない」と思う時もあるんです(笑)。でも、仕事が忙しくなり、ボーッとお花を眺めていると、自然と気持ちがほぐれて心が安らいでいくのを感じます。お花の力って、すごいですよね!
「イベントやワークショップで、みなさんからお花の感想を聞くのがとっても楽しみなんです」と林さん
イノチオ精興園株式会社
1921年(大正10年)創業、2021年に100周年を迎えた老舗企業。
事業内容は、キクの品種開発・種苗生産・販売が中心で、6,000品種以上を創出。
全国のキク栽培の約6割は同社の育成品種で占めるといわれる。
2020年にはバラ事業も展開。
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